コラム・通称地名へのこだわり

 “まっちの街歩き”を一通りご覧になるとわかると思いますが、私は全国の市街地で見られる「○○通り」や「○○町」といった通り名・町名にかなりこだわっています。このような通り名・町名のなかには、正式な住所として使われているものもありますが、多くは住居表示の変更によって失われた「旧地名」だったり、あるいは地元の人が慣習的に呼んでいるだけの「通称地名」だったりします。
 通称地名を見ると、その場所の姿や成り立ちがよく見えてきます。昔からのメインストリートには、たいてい「本町」とか「本通り」、あるいは「○○銀座」などといった名前が付いています。そして、比較的新しく開けてきたであろうところには「新町」、鉄道の駅がある(あった)ところには「駅前通り」というのもよくあります。城下町には「呉服町」、「材木町」、「魚町」など職業に由来する地名が多く、宿場町には「伝馬町」や「問屋町」が付き物です。「栄町」、「中町」、「宮町」、「寺町」というのもよく見かける通称地名のひとつです。
 これらの通称地名は、商店街の名前や町内会の組織名として残っていることもありますが、地元の人が勝手に呼んでいるだけの、完全に「通称」となっているものも多く存在します。ある程度賑やかなところで知名度もあれば、このような通称も人々の間に浸透し定着するのですが、そのようなところはほんの一握りでしょう。こうして現在、無数に存在する通称地名が、人々の記憶の中から消え去ろうとしています。
 地名は目に見えない文化遺産である、と私は考えています。しかし、正式な住所として用いられていない通称地名は人々の目に触れる機会が少なく、もし地元の人からも忘れ去られれば、永遠に歴史から葬り去られることになります。喜ばしいことに、金沢市や長崎市などでは旧地名の復活運動が行われており、いくつかの伝統的な通称地名が正式な地名として蘇っています。また、国土交通省の主導で「通り名で道案内」というキャンペーンも行われており、全国各地で通称地名が「通り名」として公式に制定され、マップの制作や表示板の設置が行われているようです。しかし、これらの運動の成果については、まだ何とも言えないところです。
 “まっちの街歩き”には、全国の街のさまざまな顔を紹介するとともに、その通称地名を普及させたいという願いも込められています。商店街や通りの写真は、出来る限り地元の通称地名に忠実に従って紹介しています。もしあなたの知っている街の写真があれば、「あの無名な道路にこんな通称があったのか」と思われるでしょう。そしてその通称地名が地元の人々の間に広まれば、もしかしたら街の活性化にも(多少?)繋がるかもしれません。
 もっとも、通称地名というものは上で述べたように、非常にマイナーで微妙な存在です。街を紹介するウェブサイトや書籍、パンフレットなどに書かれていたり、あるいは現地の街灯やアーチなどに書かれていることも多いのですが、そのような手がかりが全く無いところもたくさんあります。ということで、偉そうなことを長々と書いている私ですが、通称地名の紹介には不確かなものも含まれています。堂々と間違いを書いている可能性も十分にありますので、その点はご容赦ください。なお、間違いに気付かれた方はメール等でご指摘くださるとうれしいです。特に、地元に詳しい方がいらっしゃいましたら、ぜひ詳しい情報をお寄せください。

背割式の住居表示について

図A  図B
 日本の多くの市街地では、図Aのように道路が地名の境界になっています。一見合理的なシステムのように見えますが、都市の市街地、とりわけ商店街は“向こう三軒両隣”の結び付きが強く、道路に沿ってコミュニティが形成されるのが一般的です。したがって、図Bのように道路を挟んだ向かい側が同じ町内となる方が自然です。これを「背割式」といい、通り名と地名がイコールになります。現在日本では少なくなりつつあるタイプですが、京都市の中心部などは通り名が正式な住所として用いられていますし、欧米では現在も「○○Street」や「○○Avenue」といった通り名で住所を表しています。

(2008年11月記す)

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