七尾(七尾市)

2008年3月20日・3月21日・7月31日・8月1日・8月2日・8月26日・10月30日撮影

七尾は能登半島の中央部に位置するまちです。1582年に前田利家が小丸山城を築城し、御祓川(みそぎがわ)の河口周辺に城下町が形成されました。当時、城下町の特徴として同業者が一定地域に集まって居住し、御祓川の東側が職人街、西側が商人街と分かれていました。現在も、鍜冶町、塗師町、米町、魚町などの町名にその名残をとどめています。
小丸山城が廃城となった後も港町・商工都市として発展し、また交通の要衝でもあることから、能登最大の都市となりました。石川県では金沢市に次いで2番目に市制施行し,現在も能登半島の政治・経済の中心地となっています。
毎年5月に開催される青柏祭では、「でか山」と呼ばれる巨大な山車が曳き回されることで有名です。また、全国屈指の高級温泉街として知られる和倉温泉にも近く、観光客も多く訪れます。


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七尾駅〜七尾港・川渕通り

JR七尾駅

1898年に本府中町(現在の七尾松原病院のあたり)に開業し、1925年に現在の場所へ移転してきた。
金沢と能登を結ぶ七尾線の終着駅で、和倉温泉・穴水方面へののと鉄道も発着している。

2008/03/20撮影

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七尾駅前風景

駅前から北を眺めたところ。近年再開発が行われ、大きく景色が変わった。
左側の建物はパトリア、右側の建物はミナ.クル。

2008/03/21撮影

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パトリア

七尾駅前に建つ、大和とピアゴ(撮影当時はユニー)がキーテナントの複合商業施設。再開発により、1995年にオープンした。
パトリアとはイタリア語で「故郷」という意味。

2008/07/31撮影

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mina.cle(ミナ.クル)

七尾駅前に、パトリアと向かい合って建つ複合商業施設。こちらも再開発により、2006年にオープンした。
ミナ.クルとは「皆来る」と「ミラクル」を掛けた造語。向かい側のパトリアとは「あい・あいばし」という連絡橋で繋がっている。

2008/07/31撮影

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mina.cle(ミナ.クル)の内部

建物の中央にあるミナ.クル広場付近。飲食店などのテナントのほか、七尾市立中央図書館、ホテルアリヴィオなどが入居している。

2008/07/31撮影

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七尾ステーションビル

七尾駅の東側にある雑居ビル。小さな飲食街がある。

2008/07/31撮影

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御祓川・川渕通り

七尾市街の中央を流れるのが御祓川。そして、七尾駅からこの川に沿って七尾港まで伸びるのが川渕通り(かわぶちどおり)。昔はこの川を境に、東側が職人町、西側が商人町と分かれていたそうだ。
左側に見えるのは七尾郵便局。

2008/07/31撮影

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御祓川・川渕通り

一本杉通りの仙対橋から南を眺めたところ。戦後は闇市が建ち並んだそうだが、今では綺麗に整備され面影はない。

2008/07/31撮影

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御祓川沿い

川沿いの散策路には、モニュメントや解説板、ベンチなどが設置されている。

2008/07/31撮影

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生駒町

御祓川の左岸に沿った道。こちらはシンボルロードとして整備されている。
写真は中央通りの泰平橋付近。右側の建物は、旧十二銀行七尾支店の建物を利用した「ギャラリー葦」。

2008/08/01撮影

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七尾フィッシャーマンズ・ワーフ 能登食祭市場

川渕通りをまっすぐ進むとここに突き当たる。土産物屋や飲食店、郷土の祭りに関する展示などがあるほか、2009年4月には道の駅もオープンした。

2008/07/31撮影

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七尾港

七尾の街は港を中心に発展してきた。
写真は夕方の七尾港の様子。遠くに能登島が見える。

2008/08/01撮影

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国道249号

国道249号

国道249号は能登半島をぐるりと一周する道路で、七尾市街の南部を東西に貫いている。一本杉通りのバイパスとして新しく整備された。
写真はパトリアの北側、川渕通りと交差する七尾駅北交差点から西を眺めたところ。

2008/08/02撮影

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国道249号

袖ヶ江交差点から西を眺めたところ。このあたりは電線が地中化され、すっきりとした印象を受ける。

2008/07/31撮影

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七尾市役所

かつて市役所は相生町にあったが、1968年に袖ヶ江町のこの地に移転してきた。それまでこの場所には袖ヶ江小学校があった。

2008/07/31撮影

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駅前リボン通り

駅前リボン通り(大手町商店街)

川渕通りの1本東、七尾駅の正面から北へ伸びる道。元は印鑰(いんにゃく)神社の参道だったが、七尾駅が現在の場所に移転してきてからは、駅前通り商店街として発展した。

2008/07/31撮影

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駅前リボン通り(大手町商店街)

かつては七尾駅前のメインストリートとして賑わったが、国道249号によって七尾駅と分断され不便になってしまった。

2008/07/31撮影

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駅前リボン通り(大手町商店街)

橘町通りとの交点付近。
さらに北へ進むと、立丁通り(正式な地名では府中町に含まれる)となる。

2008/07/31撮影

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銀座町

駅前リボン通りと川渕通りの間に伸びる路地。1949年に新しく作られた歓楽街で、銀座町(ぎんざまち)という通称で呼ばれている。

2008/07/31撮影

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銀座町

上の写真の1本北側の道。人通りも多く、今も現役の歓楽街として賑わっている。
この近くには、他に「新天地」という歓楽街もあるようだ。

2008/07/31撮影

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市道1号

市道1号

市道1号は駅前リボン通りのさらに東側、七尾市役所の横から港まで続く通り。戦前までは無かった道路で、戦時中の1945年に建物を強制疎開させて作られた。

2008/07/31撮影

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市道1号

2008/07/31撮影

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市道1号

写真は相生町と橘町の中間あたり。

2008/07/31撮影

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鍜冶町・今町・相生町・亀山町

鍜冶町

七尾市街の東部を南北に貫く道で、昔の街道筋にあたる。鍜冶屋が多かったことからその名が付いたという。青柏祭では府中町・魚町とともにでか山を奉納する。

2008/07/31撮影

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今町

国道249号の1本北を東西に通る道。

2008/07/31撮影

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今町

2008/07/31撮影

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相生町

今町から西へ進むと相生町となる。
1935年から33年間、この近くに市役所があったが、1968年に現在の場所(袖ヶ江町)に移転した。跡地には長らくジャスコがあったが、1997年に閉店し、現在は空き地になっている。

2008/07/31撮影

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相生町

駅前リボン通りとの交点から東を眺めたところ。

2008/07/31撮影

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亀山町

御祓川の亀橋を西へ渡ると亀山町となる。官公庁に近いため、通り沿いには法律関係の事務所が多い。

2008/08/01撮影

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塗師町(南部)・橘町・桧物町・一本杉通り・魚町

塗師町(南部)

相生町の1本北を東西に通る道。ここから東へ進むと、「違い堀」と呼ばれる昔の街道の起点だった場所があり、塗師町の通りはそこで2本に分かれている。

2008/07/31撮影

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橘町

塗師町の南部から西へ進むと橘町。昔は大工職人が多く住んでいて、明治期までは「大工町」という地名だった。

2008/07/31撮影

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桧物町

橘町からさらに西へ進むと桧物町。古来より桧物(曲げ物)の製造業者が多かったことからその名が付いたという。
このあたりは古い建物が多く残っている。右側に見える建物は老舗の洋服店、春木屋。

2008/07/31撮影

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仙対橋(せんたいばし)

桧物町から西へ進んだところにある御祓川の橋。橋の西側は一本杉通りとなる。

2008/07/31撮影

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一本杉通り商店街(生駒町)

仙対橋から西に伸びる商店街。七尾の中でも代表的な商店街であり、昔からのメインストリート。

2008/08/01撮影

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一本杉通り商店街(一本杉町)

七尾市街を東西に貫く街道にあたり、光徳寺の門前町として発展した。青柏祭ではこの道をでか山が巡行する。

2008/08/01撮影

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一本杉通り商店街(一本杉町)

一本杉通りには昔ながらの町家が多く、5軒の登録文化財がある。舗装も石畳風になっていて、うまく景観が調和している。右側の建物は、1910年築の高澤ろうそく店(登録文化財)。

2008/08/01撮影

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一本杉通り商店街で

後ろから見ると普通の信号機だが、前から見るとこの通り。福井市内でも同じものを見かけたが、北陸独特のものなのだろうか。

2008/08/01撮影

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一本杉通り商店街(一本杉町)

2008/08/01撮影

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一本杉通り商店街(一本杉町)

2008/08/01撮影

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一本杉通り商店街(松本町)

一本杉通りの西部、魚町通りとの交点より西は松本町となる。和倉温泉方面へ続く昔の街道筋にあたる。

2008/08/01撮影

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愛宕小路

一本杉通りから脇に伸びる路地。小丸山公園まで続いている。

2008/08/01撮影

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魚町

小丸山と海を結ぶ南北の通り。古来より魚商が多かったことから魚町の名が付いたという。
小さな町内だが、青柏祭では府中町・鍜冶町とともにでか山が奉納される。

2008/08/01撮影

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塗師町(北部)・中央通り

塗師町(北部)

橘町の1本北側、塗師町の北部を東西に通る道。

2008/07/31撮影

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塗師町(北部)

かつて街道の起点があった「違い堀」から東を眺めたところ。塗師町の通りはここで2本に分かれる。

2008/07/31撮影

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塗師町(北部)

2本に分かれる塗師町の通りのうち、北側を通る方の道。

2008/07/31撮影

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作事町

塗師町の北部から西へ進むと作事町。狭い通り沿いにお店が密集していて、昔の繁栄を偲ばせる。

2008/07/31撮影

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中央通り商店街(作事町)

市道1号を過ぎ、作事町の西部から先は中央通り商店街となる。昔ながらの問屋街で、かつては中ノ店(なかんたな)通りと呼ばれていた。

2008/07/31撮影

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泰平橋

御祓川に架かる中央通りの橋。

2008/07/31撮影

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中央通り商店街(阿良町)

中央通りのうち、御祓川より西側は阿良町(あらまち)となる。かつては映画館もあり、一本杉通りとともに七尾の代表的な商店街だったようだ。

2008/08/01撮影

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中央通り商店街(阿良町)

通りの裏手には、狭い路地が入り組んだところに飲食店が密集しており、昔の歓楽街の趣が残る。

2008/08/01撮影

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阿良町

中央通りの西端部。これより西は概ね住宅街となる。

2008/08/01撮影

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米町・木町

米町

中央通りの1本北、長生橋から西へ伸びる通り。

2008/08/01撮影

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木町

米町の西側は木町となる。右側の古い町家は鹿渡酒造店。

2008/08/01撮影

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湊町・府中町浜通り・三島町・常盤新地

湊町2丁目

市街地の最も海寄りを東西に通る道。釣具屋や魚屋が多く、いかにも港町らしい風情だ。

2008/08/01撮影

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湊町1丁目

2丁目から西へ進むと1丁目。

2008/08/01撮影

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府中町(浜通り)

湊町1丁目からさらに西へ進んだところ。府中町は範囲が広く、東西に通る女郎浜通り・浜通り・大浜通り、南北に通る川渕通り・立丁通り・市道1号・七軒町通りから構成されている。写真は立丁通りとの交点から浜通りを眺めたところ。
府中町は、魚町・鍜冶町とともに青柏祭ででか山を奉納する。

2008/08/01撮影

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三島町

御祓川に架かる慶応橋を西へ渡ると三島町となる。左側の煙突が立派な建物は布施酒造。

2008/08/01撮影

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常盤新地

三島町を西へ進むと常盤町。このあたりは元々海だったが、1868年に埋め立てられて「常盤新地」という名の遊郭が形成され、七尾随一の歓楽街として賑わった。今もその名残で料亭や居酒屋などがちらほら見られる。

2008/08/01撮影

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小丸山公園

小丸山城址

1581年に前田利家が入国・築城した小丸山城の跡地。現在は石垣のみが残る。
NHKの大河ドラマ「利家とまつ」を記念し、二人の銅像も建てられている。また、桜の名所としても名高い。

2008/08/02撮影

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小丸山公園からの眺め

七尾市街南部、七尾市役所方面。

2008/08/02撮影

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小丸山公園からの眺め

七尾市街北部、府中町方面。

2008/08/02撮影

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小丸山公園からの眺め

七尾市街南西部、藤橋町方面。

2008/08/02撮影

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七尾市街南部・徳田

小丸山大通り(県道七尾羽咋線)

小丸山公園の前から南へ伸びる道。このあたりは郊外型店舗が多い。

2008/08/26撮影

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特急サンダーバード

七尾・和倉温泉と大阪を結ぶ特急サンダーバード。七尾市国分町、第5国分踏切付近で。

2008/10/30撮影

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七尾線415系

金沢−七尾間の普通・快速電車には、もっぱらこの415系が運用される。七尾市国分町、第5国分踏切付近で。

2008/10/30撮影

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JR徳田駅

七尾駅の1つ手前。ふれあいギャラリーが併設されている。

2008/10/30撮影

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徳田駅前風景

七尾の中心部とは別に、小さな市街地が形成されている。
徳田という地名には面白い由来があり、もともと幕府領だった村と加賀藩領だった村が合併したことから、徳川の「徳」と前田の「田」を合わせて名付けられたといわれる。

2008/10/30撮影

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東往来

七尾と金沢を結ぶ街道(県道七尾鹿島羽咋線)。このあたりは古い建物が多く残る。

2008/10/30撮影

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